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学校の価値

「学校にいくことに何の価値が有るのか?」

 子供に聞かれた時、的確に答えられるだろうか。
 子供を納得させる答えを出すことが出来るだろうか?


 トンチになってしまうが、行くことに価値はあり、逆説でいかないことにも価値はある。

 どちらを選ぶかは、自分の求めているものを明確にしなければ、判断つかないだろう。子供の場合、自分が求めているものと、逃げているだけだということを混同してしまうため、親がある程度道筋を建てる必要がある。

 親が道筋を……というところで、おそらく多くの人が反感を持つだろう。

 賢しいだけの子供は、自分の判断が間違っていないと生意気言うが、10年先、20年先……さらに50年先の未来も想定できずに、今現在しかものを考えられていないことが多い。子供は現在を生きていると言われるのは、まさにそれだ。時間の前後関係がはっきりと区別つけられないし、自分の行動に対するリスクも負えない・責任も取れない。
 リスクを負えない・責任も取れない人間が、正常な判断をしていると言えるだろうか?

 答えはノーである。

 親が、子供が何を考えているのかを紐解かなければならない。
 コミュニケーション。
 会話だ。


 その質問を尋ねてくる真意を聞かなければいけない。
 価値があるか? と尋ねてくるには、価値がないと思うことがあるはずだ。回答者が、価値があると証明できないことで、自分の考え「価値がない」ということを証明しようとしている。
 はっきり言えば、その戦略に乗る必要はない。
 価値があるかないかは、どちらにもあり得ることなのだ。だから、明確な答えを出して欲しければ、質問の意図を知らなければいけないだろう。

 つまり、
 ・勉強に飽きているのか?(ついていけないのか?)
 ・人間関係に問題があるのか?
 価値がないと言うものに限って、上記二つの原因が考えられる。

 どちらの場合も、勉強をするなら最も効率が良いのが学校だし、人間関係を鍛えるのも学校が手っ取り早いため、価値はあると言わざるをえない。

 大体において、「価値があるか・ないか」を聞いてくるものは、どこか歪んでいるのだ。卑屈になっているとも言えるだろう。そんなことを考えている暇があったら、学校行けば良いだけだ。本当に価値がないと思っている人間は、さっさと辞めている。